〜直樹〜 
       
      あれから、何度か<恭ちゃん>と逢った。 
      いや、最初は無理矢理。向こうはオレにイイ感情なんて持ってるわけもなく、ただ必死で話した。オレの気持ちも、考えも、全部... 
      最初は厭がって居たヤツも、だんだんと話を聞いてくれるようになった。 
      頭の、心も柔らかい奴だったんだ、恭二は。 
      姫のその後も教えてくれたり、さりげなくアドバイスもくれたりする。 
      ほんとにイイヤツだった。よく惚れなかったよ、姫の奴。そうだよな、何か、違う絆があるんだけど、あいつと姫の間には未だに兄貴が居て、ふたりがどうこうなるって気は全くないようだった。 
      だけど一言だけ聞いてみた。 
      『もし、姫がどの男もダメで、一生おまえの兄貴の想いを引きずるようだったら、どうする?』 
      その後の答えは即答だった。 
      『彼女が、一生一緒に歩いていく相手を見つけられなかったら、その時は僕が一生側に居ても構わない。だけど、たぶんそれは恋愛感情じゃないから、身体の繋がりは無いだろうけれども、それでも結婚っていう形が必要なら入籍したって構いませんよ。』 
      潔いって言うか、コイツはそのぐらいの気持ちで、16の時から姫を支えてきたんだ。 
      兄の想いを知り、彼が命をかけて守った姫を、代わりに一生守り続けるぐらいの決意はあったのだ。それを姫に対して口に出すことなく、一生側に居るつもりだったのだろう。それほど、姫の傷は深く、奴の傷も深かったのだ。 
      一生忘れたり拭ったり出来ない真実だから。 
      オレは待つしかないって、恭二にも言われたけれども、それだけは出来なかった。離れて待つのと、側にいて待つのとは違う。 
      側に居なきゃ、相手の感情も何も見えて来ないじゃないか? 
      そう簡単に手放せない、そう思った。 
      そりゃ、あれから何度も『もうだめだ』って思ったさ。オレのやったのはそれほど姫を追いつめたことになるし、最悪の結果を生んだ。姫の両親がえらく怒ってることも聞いている。言葉だけの謝罪や、金銭的な責任もなんの意味もないことも判っている。そんなのオレの自己満足にしかならないし、謝って許して欲しい訳じゃない。 
      オレは...姫ともう一度向きあいたい。 
      向き合って、もう一度ふたりで歩きたいんだ。その為には許してもらうんではなく、解り合いたいんだ。 
       
       
      「え?」 
      「すみません、清宮さん寝ちゃったもんですから...」 
      夜中に、いきなり団体の仲間に連れて来られた姫。 
      そっか、団体の方ではまだオレたちが一緒に住んでるって思ってるんだし、それまでは飲んだ時はここまで送られてきてたから。 
      「ああ、ありがとう、おまえらも気をつけて帰れよ。」 
      もう時間も遅いし、オレも家に帰ってから少し飲んでいたから、こんな時間から車をだすわけにも行かなくて...寝室に、といっても一つしかないけど、そこに姫を寝かせて、オレは書斎に引きこもって仕事した。 
       
      寝れるわけねーだろ? 
       
      客間があるからそっちで寝てもいいけど、シーツとか掛け布団とか今からだすの面倒だし、何よりも、姫が居るって考えるだけで、眠れない... 
       
      未だに惚れてる女だぞ?無防備に寝息立ててるけどさ、酔うと微妙にエロクなるんだよな、姫。普段清純ってイメージ通りの彼女が、酔ったときの視線や、仕草、寝姿なんかは、すごく、色っぽい。 
      手を出すのを必死で我慢するしかない。今は、そんな状況じゃないし、なし崩しにそうなりたい訳じゃない。オレたちは、ちゃんと向き合ってやり直すべきなんだ。 
       
      「ん、あれ?」 
      目を覚ました彼女は、不思議そうな顔をしていた。 
      徹夜で仕事やってて、ちらっと覗いたらもそもそしてたので、朝ご飯すぐ食べられるように用意して、もう一回覗いたら、目を覚ました。 
      「おはよう、どう?気分悪くない?朝ご飯食べれる?」 
      そう聞いても、驚くばかり。 
      「ええっ??あ、あたし...なんで直さんの家に帰ってきてるの?」 
      「ああ、いつも通り送られてきたんだろ。よく寝てたから起こさなかったよ。」 
      自然と服装をチェックしてる。 
      なんもしてねーよ、着替えさせたらマズイだろうと思って全部そのままだ。 
      着替えはまだこの家にも残ってるし、後で自分ですればいいとお思っていた。「シャワー浴びてきなよ、その間に食べられるようにしておくから。」 
      今は敢えて何も言わない方がいいと思っていた。 
      それから、帰るまでもずっと無口で、必要以上の事は言わない姫だった。 
      ふたりの家だったのに、まるで他人のように、けれどもやっぱり住んでた家で何をどう聞くとも無しに自然に動作する。 
      ここには、もう帰ってこないつもりだったのか?だけど、引っ越しして荷物を運び出したわけでもなく、まだ必要な者しか持ち出されていない。元々持ってきた物も少なく、結構ふたり用にって新調したからさ。 
      「じゃあ、オレ会社行くから。」 
      後は好きなときに出て行くだろうと思っていた。 
      「あ、行ってらっしゃい...」 
      自然と出てきた姫の言葉に、オレは一瞬駆け寄りたい気持ちを抑え込んで、必死で笑顔を作って家を出た。 
      帰ってきたときには、もう居なくなってるだろう彼女を思うと、涙が出そうになった。 
      オレはまだこんなにも彼女を必要としている。 
      他の女を探せるんだろうか? 
      最初っから恋愛対象だった訳じゃない。人として惹かれたんだ。こんな時も、感情的にならずに振る舞える、彼女の自然体の心に惹かれたんだ。 
       
       
      今度はオレが行動を起こした。 
       
      「よお、メシ食いにいかねぇ?」 
      姫が退院してから2週間、いや3週間経ってたかな?最初の1週間は恭二のトコにいたからな。 
      オレは頭にクエスチョンマーク乗っけてる姫を車に乗せて、そのまま食事に行った。 
      ただ、側にいるために、解り合うためだけに... 
       
       
       
      〜姫〜 
      「よう」 
      「え?」 
      大学の門の前に車を止めて、そこに軽く身体をもたれさせた直さんを見つけた。 
      遠目で見てもやっぱりカッコイイ。みんなが視線飛ばしてるけど、カレが待ってるのは誰? 
      だって、あたしたちもう別れたんだろうし...そう思っていた。 
       
      この間、間違って直さん宅に送り届けられて、あたしは酔って眠ったまま朝を迎えた。居心地のいい大きなベッドに一人眠っていた。隣に誰かが休んだ気配はない。 
      そこは直さんとあたしが眠っていたベッド。ここで何度も愛し合って...思い出しただけで赤面しそうになる。 
      ドアから顔を出した直さんは今まで通りで、不意に送られてきたあたしを、そのまま泊めてくれただけみたいだった。いつも通りの直さん。ううん、あたしを友人として扱う大人のカレ。朝の挨拶と笑顔は爽やかだったから、カレが徹夜したなんて全然気が付かなかった。 
       
      あの日、直さんが仕事に行ったあと、部屋を出た。まるで当たり前のようにドアの鍵を閉めて出てきた。 
      まだ返してない鍵、荷物、その全部が前のままで... 
      あたしは、もうしばらくは考えられないと思っていた事実を考えなきゃいけないかなって、思うようになった。本当のさよならは、全部綺麗にした後に来るのだと。後回しにしていたあたしが見ていたモノは何? 
      あたしはどうしたいの? 
      だって、嫌いになって別れたんじゃない。上手くかみ合わなかっただけなの、心が。お互いに思いやれなかった部分、言えなかった部分が多すぎて、取り繕うのも、向かい合うのも疲れてしまって、このまま逢わなくなってお終いだって思ってたのに... 
       
      「メシ食いにいかねぇ?」 
      「あ、あの、」 
      「まあ、乗れよ」 
      そう言って、戸惑うあたしを、そのまま車に押し込んだ。 
      ただ、ご飯を食べただけ。 
      普通に当たり障りのない話をして、送られて... 
      美味しいご飯だったり、お酒だったり。 
      付き合う前から、人として惹かれていた人だから、普通に友人として食事して、お酒を飲みに行くのも楽しいし、元々直さんてそう言うのうまいし。最初はお互いに少しぎこちなくて、まるで出会いたての友人同士のようだった。でも、話してるのがだんだん当たり前で自然になっていく。だけど、心はそんな単純じゃなく、すごく考えていたの。 
       
      「あのときは頭ごなしにごめんな」 
      お互いの雰囲気が最初と比べて緩みだした頃、直さんはそう言いだした。 
      「俺とさ、恋人としてでもそうでなくても、もう本気の人間付き合いをする気はない?」 
      「そんなことないけど...」 
      本気で人間の付き合い。同じ団体にいたし、これからも知らん顔していられる訳じゃない。みんなが知ってるわけだから、気を使わせないように自然にしていかなきゃいけないし、何よりも嫌いになった訳じゃないから... 
      「今は恋人って思えなければそれでもいいから、話がしたいんだ。今まで姫も黙ってきたし、俺も聞こうとしなかったことだけど、本当はお互いに人間として向き合おうとしたら、少しずつ話さなきゃいけないこといっぱいあるんじゃないかな。」 
      あたしは、すぐには返事出来なかった。でもすごく大事に思われてるのは判っていた。 
      ただ、あたしに自信がないだけ。これからも直さんとやっていくっていう自信が。 
       
      それから、一緒にいるときに、直さんが自分の話をいっぱいしてくれた。 
      自信家の直さんだから、今までわたしに見せてきた日の当たる部分とは違う、不安に思う部分や、過去の話や、失敗した話なんかも、いっぱい。 
      「今まで姫によく見られたくって、オレもイイ部分しか見せようってしてなかったよな?だから、これからもオレは、全部見せて話していきたいんだ。」 
      そう言われて、わたしも自然と、いろんなことを話すようになった。 
      不安だったこと、気になってたこと。 
      こんなこと言ったら嫌われるだろうなって事まで、少しずつ少しずつ... 
       
       
      想いを積み重ねて、心を積み重ねて、だんだんと溶けていくわだかまり。 
      だから、直さんが『ご実家に今回のことをお詫びしに行きたい。』って言い出してから、あたしは焦ってしまった。だって、『もう終わった』って言っちゃったんだもの! 
      そりゃそうだよね、学生同士の恋愛じゃなく、大人として、あたしと将来を見据えて一緒に暮らしだした後だったんだもの。男の責任もあるだろうし、うちの親が怒ってるのも言ってるけど... 
       
      「どうしよう、恭ちゃん...」 
      相談したのは、彼。だって実家のことは、他に相談する所なんてないじゃない? 
      うちの親のことよく知ってるし。 
      「そりゃね、親父さんはなかなか許さないだろうけど、おばさんはどうかな?言えば判ってくれるだろう?まずおばさんからだね。僕もちゃんと言っといてあげるよ。峯田さん、ほんと、強引だけど、いい人だよ。姫の事真剣に、大事に考えてくれてるの判ったから。」 
      あれから、恭ちゃんと何度もあってるなんて、彼から聞かされなかったら判らなかった。直さんなりに、恭ちゃんのことも判ろうとしてくれたんだと思えたら嬉しかった。 
      「ん、ありがとうね、恭ちゃん。」 
      さすがに恭ちゃんまで出てきたんじゃ、お父さんも追い返すまでは行かなかったけれども、機嫌はまだ悪かったみたい。あんまりいい顔しなかったな。 
      直さんもすごく気を使ってたみたい。どんな所に行っても物怖じしない、怖いものなし風情の直さんが、始終顔を引きつらせてるし、胃腸薬ずっと飲んでたし... 
      無言の父に母が言ってくれたんだ。 
      「まだお互い若いんだから色んなことあるわよ。でも二回やったら母としてそんな男とは縁を切らせます。それでいいでしょう、あなただって人の事言えないでしょ!若い頃はいっぱい失敗して今のあなたとわたくしがあるんでしょう」 
      さすが、母は強し!でも2回やったらってとこで、直さんはビクってなってた。だってうちの母が縁を切らせるって言ったら、絶対だもの... 
       
       
      実家まで行って謝ってくれたけど、だけど、あたし達元通りって訳じゃなかったの。 
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